ルーマニアン・ マクラメの歴史と現代


その起源は400年ともいわれています。
ルーマニアには外壁にレースの模様を彫った「レース教会」があります。17世紀に建造されたもので、その模様は現在のルーマニアンマクラメのデザインに通じています。

さかのぼって、原始時代の狩猟用の網が一般的なレースの起源、現代イメージされるレースは13世紀ごろ教会の尼僧が手仕事でおこなっていたといわれています。
18世紀産業革命でレースの機械化が進む中、ルーマニアンマクラメはヨーロッパの他国で流行していたさまざまな手法を取り入つつ、世代から世代へと手を取りながら伝えられていきました。

現代では、基礎的な方法を学ぶ内容が小学校の家庭科のカリキュラムに含まれていますがその後作り続ける人はほとんどおらず、若い世代への指導がとても困難になっています。

それもそのはず、この手法はアイリッシュクロッシェレース・ニードルポイントレース・バテンレースなどの手法を総合したような作り方なので大変手間がかかります。。

数少ない職人さんたちも高齢になりだんだん目がつらくなってきました。
(若い頃から作っていると30代前半で老眼が急ピッチで進むとか《ニクリナ女史いわく》
彼女達は後継者を育てるという大きな課題に対して、様々な努力を続けています。

例えば、旧来のオーソドックスなデザインでいいのか・・・。
ファッションに取り入れるにはどうすればいいか・・・。

※1995年の春、ルーマニアン・マクラメのベスト2枚をブカレストのブティックで見つけ、迷っている目の前ですぐに売れてしまい1996年の春帰国するまで二度と見る事はありませんでした。ファッションに取り入れたのは、その頃からでそれまではインテリアファブリック(テーブルセンター・ベッドカバーなど)として作られお土産やさんでたまに見つける事ができる程度、ほとんどは家のために作られるものでした。

ルーマニアの田舎町を歩くと親切な人々に必ず出会えます。すぐに「家においでよ、さぁ」と声をかけられ、ラッキーな場合はルーマニアン・マクラメの古い作品を見せてもらう事ができます。おばあちゃんやお母さんが作った貴重な作品です。

(見せてもらえるのは刺繍ものや織物のケースが多く、ルーマニアン・マクラメはラッキーなときに限られます

西洋と日本のレース

宗教画(イコン)や花々が飾られた部屋

(ルーマニア・プロイエシュティの家

見事な手編みレースが何気なく飾られた椅子

(ルーマニア・ニクリナ家にて)

 


そもそも日本はお部屋をあまり飾りません。茶室を見れば一目瞭然、

無駄のない空間や静けさに対する美的感覚があります。
一方他国は空間を埋め尽くすほど飾る事に美しさを得ます。その差は、

お城の壁や絵画にも現れています。


私がいたルーマニアでは飾る素材はできるだけ「手作り」のファブリックでした。

おばあちゃんが作ったはたおりのタペストリーや刺繍のテーブルクロス、
色とりどりに装飾された部屋は、私達日本人にはややつらい重ささえ感じました。
生活空間を「飾る」事への感覚の違いでレース文化の発展に差が出たのでは、と考えられます。
もちろん、服飾の違いも起因しています。(着物とレースの組み合わせ、実はステキなんですけど)
レースの発展に勢いをつけたのは「マリーアントワネット」。
ベルギーのボビンレースの繊細さにこだわり、当時発注した襟は家1軒分の価値があったとか。
(その事がフランスのレース職人の逆鱗に触れ、さらに市民感情を悪化させたとも言われています)

日本でのレースの歴史は浅く、あらゆる手法をひとくくりにレースと表現していますが、まだまだ知られていないレースの技術が世界中には沢山あります